ベーブ・ルース
BOS(1914-1919)-NYY(1920-1934)-BSN(1935)
通算成績 2503試合 .342 2873安打 714本塁打 2217打点 123盗塁 fWAR167.0
獲得タイトル:MVP1回、首位打者1回、本塁打王12回、打点王6回
1927年 151試合 .356 158安打 60本塁打 164打点 7盗塁 fWAR12.9
バンビーノ
メジャーリーグの発展に最も貢献した元祖ホームランバッター。
1918年にのちにデッドボール時代と呼ばれた飛ばないボールの時代にも関わらず、リーグ最多の11本塁打を投手として記録。
他の追随を許さない圧倒的な打力を買われ、翌年からは打者に専念するといきなりMLB記録となる29本塁打を放ち、オフにヤンキースへ移籍。
ヤンキース移籍後のルースは本塁打をさらに伸ばし、1920年には54本塁打、21年には59本塁打と別次元のパワーを発揮。
ルースの影響でホームラン狙いのバッティングに切り替える打者が続出し、ここから「野球の華はホームラン」と呼ばれるライブボール時代に突入した。
1925年からは打撃王ことルー・ゲーリックがメジャーに定着し、1927年にはルース60本塁打、ゲーリック47本塁打と恐怖のクリーンナップを形成。
この二人で挙げた本塁打はリーグの総本塁打の4分の1に相当し、この二人を中心としたヤンキース打線は「マーダラーズ・ロウ(殺人打線)」と恐れられた。
1935年に現役を退くと、翌年から始まったアメリカ野球殿堂で最初の5人のうちのひとりとして選ばれている。
ルースが積み上げた通算記録の数々は今でもなお、MLBの野手記録のトップに君臨しており、通算fWAR167、rWAR183はアンブレイカブルレコードのひとつとしてみなされている。
また、ルースはヤンキース移籍前は投手として活躍しており、最近は大谷の活躍でルースの二刀流としての数字が掘り起こされている。
査定に関して
柱さんがパワプロ2018で作成したルースにだいぶインスピレーションを得ました。ここからは個人的にこだわった部分を紹介していきます。
あと、ヤンキース移籍後は野手に専念しているため、投手能力はなしです。
引っ張り屋
ルースが全盛期にプレーしたヤンキー・スタジアムは右翼ポールまで89メートルと左打者に非常に有利な球場。ルースはこの球場の特性を活かし、打球を引っ張りまくりホームランを量産した。
対ストレート◯
ルースの全盛期である1920年代はまだ変化球が浸透しておらず、変化球は本格派投手が衰えたら投げるもの程度の認識。つまり速球中心の時代であり、ルースの打撃成績を鑑みると当然速球を得意としていたことが想像できる。
マルチ弾
1927年はマルチ弾を8回記録。
満塁男
1927年の満塁時の打率は.546。2本のグランドスラムを放っている。
サヨナラ男
キャリアを通して12本のサヨナラアーチを記録。これはジム・トーミが2012年に更新するまでMLB歴代1位の記録だった。
Nishiのひとりごと
データニキ風サムネ撮影中に選手の成績欄が巨人の川相選手の解説に書き換わるというバグに遭遇。何度もやっても繰り返されるので、サムネが撮れないという…。KONAMIさんマジでこっちはお金払ってるんですよ。デバック要員ではありませんよ。 pic.twitter.com/y7697XCMmy
— Nishi@パワプロ2024 (@2018Nishimlb) 2024年7月26日
このツイートがバズったようで、まさかの2chにまで晒されることに…。
思わぬ形でデータニキ風サムネという怪ワードを広めてしまいました。なお、ブログのリンクは貼られなかったためアクセス数は平常運転だった。