マイク・ピアザ
LAD(1992-1998)-FLA(1998)-NYM(1998-2005)-SD(2006)-OAK(2007)
通算成績 1912試合 .308 2127安打 427本塁打 1355打点 17盗塁 fWAR62.5
獲得タイトル:シルバースラッガー賞10回、新人王
1997年 152試合 .362 201安打 40本塁打 124打点 5盗塁 fWAR9.1
球史に残る攻撃型キャッチャー
キャッチャーとして歴代最多の397本塁打*1を放った超攻撃型キャッチャー。
ピアザはパワーだけでなくアベレージを残せる柔軟なバッティングも魅力的で通算打率は.308。ルーキーイヤーの1993年から10シーズン連続で打率3割以上をクリア。1997年にはキャッチャーとしては史上初のシーズン200安打を記録している。
バッティングでは文句のつけようがないピアザだが、現役時代からディフェンス面は残念と言われていた。その原因はピアザの盗塁抑止力があまりにも低いことにあり、3桁以上の盗塁を許したシーズンは8回にのぼる。
確かに肩は平均よりも弱かったかもしれないが、セイバーメトリクスが普及するにつれフレーミングと後逸阻止は当時プレーしたキャッチャーの中でもトップクラスだったのではと再評価路線も進んでおり、一部の有識者はピアザを史上最高のフレーミングの達人と推している。
ピアザは有資格4年目で殿堂入りを実現。ピアザほどのキャッチャーが殿堂入りまでに4年もかかってしまった理由の一つにステロイド疑惑があり、ホセ・カンセコはピアザは「黒」だと糾弾している。
また、ピアザは学生時代全くの無名選手であり、ドラフトでは全体最下位の指名順。しかも、指名の経緯が父親がドジャースのラソーダ監督の友人だったからという完全な“コネ入団”であり、契約金はわずか1万5000ドルだった。
査定に関して
広角打法
ピアザはライト方向にも強い打球を飛ばせる広角砲。1997年も逆方向に7本塁打を放っている。
粘り打ち
ピアザはいわゆるパワーヒッターでありながら100三振以上を喫したシーズンはゼロ。1997年はツーストライク打率.324と追い込まれても全く動じていなかった。
Nishiのこぼれ話
ピアザはイタリア系アメリカ人。そのため2006年のWBCではイタリア代表として出場。現役引退後はWBCイタリア代表の監督として指揮をとり、2023年大会では準々決勝までチームを導いている。
*1:残り31本は指名打者などで出場した際に記録