オジー・スミス
SD(1978-1981)-STL(1982-1996)
通算成績 2573試合 .262 2460安打 28本塁打 793打点 580盗塁 fWAR67.6
獲得タイトル:シルバースラッガー賞1回、ゴールドグラブ賞13回、ルー・ゲーリック賞1回、ロベルト・クレメンテ賞1回
1989年 155試合 .273 162安打 2本塁打 50打点 29盗塁 fWAR6.7
The Wizard of Oz
鮮やかなショート守備から「オズの魔法使い」の異名で知られた守備型ショートの頂点。
オジー・スミスはとにかく守備範囲が広く、キャリア通算の補殺数8375はMLB記録。また、送球も正確でMLB2位記録となる1590補殺をマーク。
もちろんゴールドグラブ賞も常連であり、1980年から13シーズン連続で受賞。これはショートとしては歴代最多記録となっている。
スミスは当時の守備指標トータルゾーンでも通算でプラス239とずば抜けた数字を残しており、記憶でも記録(指標)でも一番上手いショートといって過言ではない*1だろう。
ちなみにスミスのDefensive rWARは全選手中トップの44.2で、守備だけで6割近くのrWARを稼いでいることになる。
スミスは背番号1がチームの永久欠番に指定されていることからもカーディナルス一筋の印象が強いが、実はメジャーデビューから4シーズンはパドレスでプレー。
パドレス時代から圧倒的な守備力を誇っていたが、バッティングでは2割前半と全く打てず、オーナーを筆頭に首脳陣からの評価は低く、スミス自身も「求職中」の広告を新聞に載せるほど。
1982年にはパドレスのオーナーとの関係が修復不能なところに来ており、スミスの高い守備力に目をつけたホワイティ・ハーソグ監督率いるカーディナルスにトレードで移籍。
カーディナルス移籍後は課題であったバッティングも改善され、平均以上の選球眼を兼ね備える頼れるリードオフマンに成長。1987年にはキャリアハイとなる打率.303をマークし、シルバースラッガー賞のタイトルにも輝いた。
また、俊足を活かした積極盗塁も光り、タイトル獲得こそはなかったものの、88年には57盗塁をマークしている。
カーディナルスもスミスに対して87年オフに当時のナ・リーグ最高額の234万ドルの契約を結ぶなど、絶大な信頼を寄せており、ハーソグ監督も「これ以上上手いショートはいない(意訳)」と太鼓判を押していた。
記者からの評価も非常に高く、2002年には有資格1年目で得票率91.74%と圧倒的な支持を受け、殿堂入りを果たしている。
査定に関して
守備S100
1989年は守備指標上のキャリアハイとなるトータルゾーンプラス32と驚異的な数字をマーク。これはショートとしては1975年にマーク・べランジャーが記録したプラス35に次ぐ数字。
肩A
ハイライト動画を見るとスミスはかなり深いところからも悠々とランナーを刺しており、スミス=超・強肩の印象が強いが、実は85年に肩の腱板を断裂しており、本人は痛みに堪えながら投げていたらしい。
魔術師
そら(おそらく金特の由来になった選手なんだからつけるに決まっている)そうよ。
*1:ショートのトータルゾーンではスミスがトップ。次点がマーク・べランジャーの238