トム・シーバー
NYM(1967-1977)-CIN(1977-1982)-NYM(1983)-CWS(1984-1986)-BOS(1986)
通算成績 656登板 311勝205敗 防御率2.86 3640奪三振 1セーブ fWAR92.4
獲得タイトル:サイ・ヤング賞3回、最多勝利3回、最優秀防御率3回、最多奪三振5回、新人王
1971年 36登板 20勝10敗 防御率1.76 289奪三振 fWAR9.1
Tom Terrific
ミラクル・メッツの立役者であり、球団記録となる通算198勝、2541奪三振をマークしたニューヨーク・メッツの絶対的エース。
シーバーはルーキーイヤーの67年にいきなり16勝、防御率2.76の好成績を記録し、メッツのエースの座に就くと、69年にはリーグ最多の25勝をマークし、チームのワールドシリーズ制覇に大貢献。オフには1回目のサイ・ヤング賞に輝いている。
70年代に入るとシーバーは球団のみならず球界のエースとして君臨。シーバーは70年代に4度のシーズン20勝以上をマークし、サイ・ヤング賞も2度獲得。
70年代にシーバーが成し遂げた快挙はあげればキリがないが、代表的なものとしては、
・1970年4月22日のパドレス戦ではMLB記録となる10者連続三振を奪い、ギネス記録に認定。
・71年にはキャリアハイとなる防御率1.76、289奪三振で2シーズン連続となる投手二冠を達成。
・76年にはライブボール時代ではMLB最長記録となる9シーズン連続で200奪三振以上を達成。
・78年6月16日のカーディナルス戦ではノーヒットノーラン達成
などがあり、まさに70年代最強投手に相応しい活躍ぶりだった。
80年代に入ってからは肩の故障に苦しんだが、それでも81年にはリーグ最多の14勝、84年からは2年続けて15勝以上とエースとしての意地を見せ、引退時点でMLBではウォルター・ジョンソンに続く史上二人目の防御率2点台(2.86)で300勝、3000奪三振という偉業を成し遂げている。
シーバーは1992年に有資格1年目で、当時の最高得票率である98.84%の支持を受け、殿堂入りを実現。
引退後は解説などで活躍していたが、2013年ごろから記憶障害に悩まされ、2019年には家族がシーバーは認知症であると公表し、療養生活に入った。
シーバーその翌年に認知症とコロナウイルスの合併症でこの世を去っている。
球種はツーシーム、スライダー、ドロップカーブ、チェンジアップ。
※背番号間違えました_:(´ཀ`」 ∠):正しくは41です。気になる方は修正してクレメンス。
査定に関して
ノビA・フライボールピッチャー
シーバーに関する記事を見ると、かなりの割合でライジングファストボール(浮き上がるような速球)を武器にしていたとあり、ノビはAに。
また、浮き上がる速球を投げる投手は今永の例からも分かるようにフライボールが多く、シーバーもその傾向があったのではと考え、フライボールピッチャーも採用。