伊良部秀輝

ロッテ(1988-1996)-NYY(1997-1999)-MON(2000-2001)-TEX(2002)-阪神(2003-2004)
MLB通算成績 126登板 34勝35敗 防御率5.15 405奪三振 16セーブ 2ホールド fWAR3.5
獲得タイトル:特になし
1998年 29登板 13勝9敗 防御率4.06 126奪三振 fWAR0.9
和製ノーラン・ライアン
現在、日本人最速投手といえば、165キロを記録した藤浪晋太郎、大谷翔平、佐々木朗希の3人の名前がよく挙がる。しかし、少し前の時代には、この話題になると必ず名前が出ていたのが伊良部秀輝だった。
伊良部はプロ6年目の1993年に日本人最速となる158キロをマークし、翌年のオールスターでは159キロに更新。無尽蔵のスタミナもあわせもち、1994年にはリーグ最多の16完投、15勝をマークし、ロッテのエースに成長。
伊良部はMLB志向が強く、1996年オフにロッテはパドレスとのトレードでメジャー移籍の夢を叶えたが、伊良部は「ピンストライプのユニフォームの重さというのは野球を経験した者にしか分からない」とパドレス移籍を拒否。最終的に三角トレードという形でヤンキースへの移籍を実現させた。
ヤンキース時代は和製ノーラン・ライアンと高い期待を寄せられ、1998年には先発ローテーションの一角として13勝をマーク。後半戦に調子を落としたためポストシーズンでの登板機会はなかったが、ヤンキースはワールドシリーズ制覇を果たし、日本人初のチャンピオンリングを獲得。
伊良部は翌年も先発ローテーションには入ったものの、防御率4.84とイマイチな成績に終わり、オフにはスタインブレナーGMとの確執*1もあり、テッド・リリーらが絡むトレードでエクスポズへ移籍。
その後、伊良部は2002年にレンジャーズのクローザーに就任するも、肺血栓が見つかり無念の帰国。
2003年からは阪神タイガースでプレー。阪神時代はコントロール重視のピッチングで13勝をマークし、チームのセ・リーグ制覇に貢献。
ヤンキース、タイガースで優勝と輝かしい現役生活を送った伊良部であったが、晩年は家族とのトラブルや飲酒運転で逮捕など荒れており、2011年にロサンゼルスの自宅で自ら命を絶ってしまった。
球種はスローカーブ、SFF。
伊良部のフォークは140キロ後半を計測していたため、今回はSFFで再現。




査定に関して
コントロールE
伊良部=ノーコン荒れ球投手というイメージがあるが、1998年は与四球率3.95とそこまで悪いわけではなかった。
スタミナB
ロッテ時代は無尽蔵のスタミナで知られた伊良部だったが、MLBでは故障リスク回避のため100球制限を科せられていた模様。
調子極端
ヤンキース時代の伊良部はとにかくシーズン中の浮き沈みが激しく、1998年も前半戦は防御率2.91とエース級の成績を残した一方、後半戦は防御率5.21と大炎上してしまった。
*1:スタインブレナーGMは伊良部を太ったヒキガエルと揶揄するなど、体型の管理が出来ていないことにご立腹だった