ジム・アボット

CAL(1989-1992)-NYY(1993-1994)-CWS(1995)-CAL(1995-1996)-CWS(1998)-MIL(1999)
通算成績 263登板 87勝108敗 防御率4.25 888奪三振 fWAR22.7
獲得タイトル:トニー・コニグリア賞1回
1991年 34登板 18勝11敗 防御率2.89 158奪三振 fWAR5.5
隻腕のエース
今年(2025年)の甲子園では県立岐阜商業の横山選手が生まれつき左手の指がないというハンディキャップを抱えながら華麗なバッティングと軽快な外野守備でチームの快進撃を支えていることが話題になった。
今回はそんな横山選手の活躍で多くのMLBファンが思い浮かべたであろう“隻腕のエース”ことジム・アボットを作成。
アボットは生まれつき右手がないというハンディキャップを抱えており、両親は腕を使わずに済むサッカーをやらせたがったが、友人の影響で野球をスタート。
するとリトルリーグ初登板でノーヒッター、打っては片手でホームランと圧倒的なセンスに恵まれ、大学野球でも大活躍。1988年にはドラフト全体8位でエンゼルスに指名され、今でいうトッププロスペクトとして注目を集めた。
アボットは150キロ(自称95マイル)を超える速球を武器にエンゼルスのエースに瞬く間に成長し、1991年には18勝、防御率2.89、rWAR7.6という好成績をマーク。サイ・ヤング賞争いではロジャー・クレメンスに敗れたものの3位にノミネートとされた。
アボットはヤンキース時代の1993年9月4日にノーヒットノーランを達成するなど好投を続けていたが、速球のスピードがダウンした影響で、29歳を迎えた1996年に18敗、防御率7.48と大炎上。
本人曰く技巧派にモデルチェンジすることができず、31歳の若さで現役を退くことになった。
現在はモチベーショナルスピーカーとして全米で講演活動を続けている模様。
アボットは通称アボット・スイッチと呼ばれる独自のグラブスイッチで片手だけでも軽快なフィールディングをこなし、1991年には46補殺をマーク。
また、バッティングも上手かったようで、初のナ・リーグでのプレーとなった1999年には2安打を放っている。ちなみにヤンキース時代のチームメイトのリベラはアボットがバッティング練習中にホームランを放つのを目撃したことがあるらしい。
球種はスラーブ、チェンジアップ、フォーク。
当ブログでお馴染みの書籍Guide to Pitchersではアボットの球種について多く投げる順からカーブ、チェンジアップ、フォークとしていたが、ハイライトを見る限りスライダーっぽいボールを多投しており、間をとってスラーブとした。他にもスローカーブも投げていたようだが、本格派投手に4球種というのはしっくりこなかったため今回はオミット。



査定に関して
クイックF
アボットは一塁への牽制が隠せなかったため盗塁を許すことが多く、1991年も19盗塁されている。
打球反応◯
ハイライトを見る限り、フィールディングはかなり上手く、本人もいくらバントされようが困らないとフィールディングに自信を持っていた模様。
ゴロピッチャー
アボットはシンカーボーラーでなかったもののメジャーデビューから3シーズン連続でGB%が50オーバーと高め。
負け運
アボットがエースとして活躍していた頃のエンゼルスは貧打で、1992年は1試合平均2.5点しか援護がなく、防御率2.77をマークしながら7勝15敗と大きく負け越してしまっている。