ドン・サットン

LAD(1966-1980)-HOU(1981-1982)-MIL(1982-1984)-OAK(1985)-CAL(1985-1987)-LAD(1988)
通算成績 774登板 324勝256敗 防御率3.26 3574奪三振 5セーブ fWAR85.5
獲得タイトル:最優秀防御率1回
1972年 33登板 19勝9敗 防御率2.08 207奪三振 fWAR6.8
Black & Decker
ライブボール時代以降にメジャーデビューした投手としては歴代6位となる通算326勝をマークしたドジャーブルーのエース。
サットンは1960年代に共に先発ローテーションを支えたコーファックス、ドライスデールとは異なり、抜群の耐久性を誇り、23年に及びキャリアの中で200イニングオーバーを20回も記録。
サットンは1966年から1980年までドジャースのエースとして15シーズン連続で200イニングオーバー、9回のシーズン15勝以上と安定感抜群のピッチングを披露し、533先発、233勝、3816.1イニング、52完封など数々の球団記録を樹立している。
一方で、名将ラソーダ氏との関係は険悪で、1980年にFAとなりアストロズに移籍した要因のひとつと考えられている。
サットンは引退後、有資格4年目の1998年に殿堂入りを果たし、背番号20はドジャースの永久欠番に指定された。
サットンは名解説者としても知られ、1990年から2019年までブレーブスの実況を担当。この実績からブレーブスでは1試合も投げていないにも関わらず球団殿堂入りメンバーに加えられている。
球種はナックルカーブ、Vスライダー、フォッシュ。
サットンの変化球はあまりの変化からゲイロード・ペリーのような不正投球を疑われていた模様。特にナックルカーブの評価は高く、歴代最高のナックルカーブの使い手マイク・ムシーナのカーブに匹敵すると言われている。
また、シンカー方向に曲がるフォーク(チェンジアップ)はメジャスピでフォッシュとして再現されており、本査定でも画像のようなオリ変で再現した。





査定に関して
リリース◯&球持ち◯
サットンは全ての球種を速球と全く同じ腕の振りで投げ分け、テイクバックで腰の後ろに効果的に隠していた。
ポーカーフェイス
サットンはあまり感情を見せるタイプではなく、チームメイトやラソーダ監督からは無関心な印象を抱かれ、その結果衝突につながってしまった模様。なお、ドジャースの名サード ロン・セイ曰く「サットンと親しい選手はいない」とひどい言われようだった*1。
*1:変人として知られたマイク・マーシャルとは仲が良かった模様