NishiのパワプロMLB査定ブログ

パワプロ2024で作ったMLB選手を公開していきます。

パワプロ2025 ハーモン・キルブルー 1969年 パワナンバー

ハーモン・キルブルー

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MIN(1954-1974)-KC(1975)

 

通算成績 2435試合 .256 2086安打 573本塁打 1584打点 19盗塁 fWAR66.1

獲得タイトル:MVP1回、本塁打王6回、打点王3回、ルー・ゲーリック賞1回

 

1969年 162試合 .276 153安打 49本塁打 140打点 8盗塁 fWAR7.1

 

The Killer

キャリアを通して8回のシーズン40本塁打以上をクリア、ホームランキングに6度輝いた1960年代最強スラッガーのひとり。

 

キルブルーは学生時代から注目されていた、今風にいうトッププロスペクトで1954年に5万ドルと当時としては異例の契約金でセネターズ*1に入団。

 

メジャーデビューから5年間はプロの壁に苦しんだが、6年目の1959年にリーグ最多の42本塁打とスラッガーとして覚醒し、以後ア・リーグを代表するスラッガーとして毎年のようにホームランキング争いに参戦した。

 

キルブルーにとって最高のシーズンは1969年。同年は自己最多タイかつリーグトップの49本塁打、140打点で二冠王に輝いた。相手チームはキルブルーと露骨に勝負を避け、リーグ最多となる145四球、20敬遠をマーク。この145四球というのはMLB20位、右打者としては7位タイの大記録となっている。

 

この年のツインズはキルブルーの活躍もあり、地区優勝を果たしており、キルブルーはオフにMVPに選ばれている。

 

キルブルーは1971年に通算500号のマイルストーンに到達したが、その後は膝の故障などで低迷し、1975年に現役を引退した。

 

キルブルーがキャリア通算で放った573本塁打は、75年の時点でMLB歴代5位、ア・リーグの選手としてはベーブ・ルースに次ぐ本数だった。

 

キルブルーは低打率だが、ホームランも三振も四球も多い、シュワーバーやアダム・ダンといったパワーヒッターに似たスタイル。ディフェンス面ではファースト、サード、レフトの3ポジションを転々としているが、いずれも低評価。こうした点から殿堂入り投票では伸び悩んだが、有資格4年目の1984年に晴れて殿堂入りを果たしている。

 

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査定に関して

アーチスト

キルブルーは滞空時間の長い特大ホームランを放つ天性のアーチスト。

キルブルーはタイガースの本拠地タイガー・スタジアム、オリオールズの本拠地メモリアル・スタジアム、ツインズの本拠地メトロポリタン・スタジアムの計3球場で最長弾を放っており、特に1967年6月3日にメトロポリタン・スタジアムで放った1発は520フィート(158メートル)を超えており、これは現在もツインズの球団記録となっている。

 

Nishiのこぼれ話

キルブルーは名前をもじって“キラー”という物騒なニックネームがついてしまったが、本人は温厚な性格で知られ、審判が厳しいジャッジをしても「良い判定だ」と褒めるなど、常に紳士的な姿勢を崩さなかったと言われている。

*1:現在のツインズ

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