エディ・マレー

BAL(1977-1988)-LAD(1989-1991)-NYM(1992-1993)-CLE(1994-1996)-BAL(1996)-ANA(1997)-LAD(1997)
通算成績 3026試合 .287 3255安打 504本塁打 1917打点 110盗塁 fWAR72.0
獲得タイトル:本塁打王1回、打点王1回、シルバースラッガー賞3回、ゴールドグラブ賞3回、新人王
1983年 156試合 .306 178安打 33本塁打 111打点 5盗塁 fWAR6.8
Steady Eddie
ステディ・エディのニックネームがあらわすように抜群の安定感を誇った強打のスイッチヒッター。
マレーはルーキーイヤーの1977年に打率.283、27本塁打の好成績で新人王に輝くと、そこから9シーズン連続で25本塁打以上、アベレージも.283オーバーと突出したシーズンはないものの計算できるバッターとしてオリオールズ打線の中核を担った。
特に1982年から1985年までの4シーズンに関しては、3割3回、30本塁打以上3回、全て100打点以上と、ぱっと見どの年がどの成績か分からないくらい安定した成績を残している。
マレーの活躍でオリオールズは1983年にワールドシリーズ制覇を成し遂げているが、86年以降は故障の復帰時期を巡ってフロントと衝突し、関係が崩壊。その結果、マレーは88年オフにドジャースに放出されてしまった。
ドジャース1年目こそは慣れないナ・リーグということもあり、打率.247、20本塁打と調子を落としたが、翌年の90年にはキャリアハイとなる打率.330と復活。
マレーは1996年に古巣オリオールズに復帰。1996年9月6日にはキャリア通算500本目のホームランを放ち、ハンク・アーロン、ウィリー・メイズに続くMLB史上3人目*1の3000安打・500本塁打を達成した選手となった。
マレーはミッキー・マントルと並んで史上最高のスイッチヒッターと称され、2003年には有資格1年目で殿堂入りを果たしており、オリオールズ時代の背番号33はチームの永久欠番に指定されている。




査定に関して
恐怖の満塁男
MLB歴代4位、現役引退時点では歴代2位となる19本のグランドスラムを記録。1983年も満塁の場面で、打率.455、1本塁打、OPS1.261と結果を残している。
マルチ弾
マレーはキャリアを通して同一試合で両打席本塁打を11回記録。これはMLB歴代2位の数字だ。
調子安定
1980年代に入ってからのマレーの安定感はずば抜けており、83年からは2年連続でfWAR6.8という高水準を維持。また、マレーは1977年から20年連続でシーズン75打点以上をマークしており、これはMLB最長記録となっている。
Nishiのこぼれ話
マレーは犠牲フライのMLB記録を保持しており、キャリアを通して128回の犠牲フライを打っている。
*1:現在は彼らに加え、パルメイロ、Aロッド、プホルス、カブレラの計7人が達成