ゲイリー・シェフィールド

MIL(1988-1991)-SD(1992-1993)-FLA(1993-1998)-LAD(1998-2001)-ATL(2002-2003)-NYY(2004-2006)-DET(2007-2008)-NYM(2009)
通算成績 2576試合 .292 2689安打 509本塁打 1676打点 253盗塁 fWAR62.1
獲得タイトル:首位打者1回、シルバースラッガー賞5回
2003年 150試合 .330 190安打 39本塁打 132打点 18盗塁 fWAR7.3
Sheff
MLB史上7人しかいない500本塁打・1500打点・200盗塁以上を達成したパワーとスピードを兼ね備えたライトフィルダー。
1990年代前半まではアベレージを残せるラインドライブヒッターという評判だったが、マーリンズ時代の96年に42本塁打を放ち、球界屈指のパワーヒッターに変貌。
翌年4月にはMLB最高額となる6年6100万ドルで契約延長。同年マーリンズはワールドシリーズ制覇を成し遂げるも、財政難に陥り、98年5月にドジャースに移籍。
シェフィールドは1999年から3シーズン連続で3割・30本塁打・100打点をマークし、2000年には当時のドジャースの球団タイ記録となる43本塁打を記録。
普通、ここまで安定して好成績を残せるバッターであればチームのコアに据えたいところだが、シェフィールドはフロントならびにチームメイトのショーン・グリーンと激突し、2002年1月にブレーブスに放出されてしまった。
シェフィールドはこの頃から、バリー・ボンズに弟子入りし、30代半ばにしてバッティングにより一層の磨きがかかり、2003年には39本塁打に加え、6年連続3割、9年連続出塁率4割という偉業を成し遂げ、MVP投票でも3位にランクインした。
キャリアハイの成績を残したシェフィールドはオフにヤンキースと3年3900万ドルの大型契約を締結。ヤンキース時代は3年目の2006年に手首の故障で長期離脱したことを除けば、2年連続で打率.290、30本塁打、120打点と結果を残した。
シェフィールドは野手としては一流だったが、性格にかなり難があり、どのチームでもフロントやチームメイトと激しく衝突。そのため、大体のチームを喧嘩別れする形で去っている。
また、私生活でも元交際相手から家族の命を狙われたり、虚偽の違法薬物所持容疑をかけられたり、96年には見知らぬ男から撃たれたり*1とトラブル続き。
ただでさえダーティなイメージが強かったシェフィールドであったが、2003年オフにはバルコスキャンダルでドーピングが示唆され、殿堂入り投票では支持を集められず、2024年をもってリストから名前を消すこととなった。




査定に関して
プルヒッター
2003年に放った39本塁打中、31本がレフト方向に引っ張った打球。
内野安打
右打者にも関わらず、一塁まで4.2秒となかなかの瞬足。
ハイボールヒッター・対変化球◯
シェフィールドは基本的に高めの速球をしばき倒すバッティングが持ち味だが、変化球への対応も優秀で、こうしたアプローチが三振の少なさ(2003年は55三振)に繋がっている。
選球眼
シェフィールドは抜群の選球眼を誇り、1996年には142個のフォアボールを選んでいる。今回作成した2003年も86個とよくボールを見極めている。
ちなみにシェフィールドはキャリアを通して四球(1475)>三振(1171)という偉業を成し遂げている。
Nishiのこぼれ話
シェフィールドはバットをピコピコ小刻みに動かす、オンリーワンなバッティングフォームでも知られ、変なバッティングフォーム特集動画などではよくシェフィールドが取り上げられている。
関連選手
師匠 バリー・ボンズ
犬猿の仲 ショーン・グリーン
叔父 ドワイト・グッデン
シェフィールドの叔父はレジェンド(かつお騒がせ)右腕のドワイト・グッデン!シェフィールドも叔父の影響か高校時代は速球派ピッチャーでもあり、その名残か外野からの送球はめちゃくちゃ速かった。
*1:幸い弾丸は肩をかすめただけで命には別状はなかった