アンディ・ペティット

NYY(1995-2003)-HOU(2004-2006)-NYY(2007-2010,2012-2013)
通算成績 531登板 256勝153敗 防御率3.85 2448奪三振 1ホールド fWAR68.2
獲得タイトル:最多勝利1回、ウォーレン・スパーン賞1回
2005年 33登板 17勝9敗 防御率2.39 171奪三振 fWAR5.8
コア4のエース
ヤンキースの球団記録となる2020奪三振、3位記録となる219勝をマークしたサウスポー。
ペティットは速球のスピードこそは全盛期でも150キロにギリギリ届くレベルと、それほど速くはなかったが、大きく曲がるカーブやチェンジアップといった緩急をつけるピッチングで打者を翻弄。
ルーキーイヤーの1995年から9シーズン連続で12勝以上、96年と2003年にはチームトップとなる21勝と悪の帝国のエースとして君臨。
FA権を取得した2003年オフは、誰もがヤンキースと契約延長することを疑っていなかったが、ヤンキースが思ったよりも良いオファーを提示しなかったことや、師匠と仰ぐロジャー・クレメンスと共に再びプレーしたいという意向もあって、アストロズと3年3150万ドルとかなりのお手頃価格で契約合意。
アストロズ1年目こそは故障の影響で15登板にとどまったが、2年目の2005年はキャリアハイとなる防御率2.39をマークし、アストロズ史上初のリーグ制覇に大貢献。
2005年のアストロズ先発陣はペティットに加え、クレメンス(13勝・防御率はリーグトップの1.87)、オズワルト(20勝・防御率2.94)と超豪華メンバー。ネームバリューと実際の成績という両方の面からも先発3本柱という観点では歴代最高クラスのメンバーといっても過言ではなかった。
ペティットは2006年オフに師匠のクレメンスと共にヤンキースに復帰。復帰後は年齢もあって絶対的エースというピッチングはできなかったが、それでも2007年から4シーズン連続で二桁勝利をマークし、2009年のヤンキース最後のワールドシリーズの原動力になっている。
ペティットは2011年開幕前に現役引退を発表。しかし、翌年3月に引退を撤回し、2013年には11勝をマーク。ペティットはまだまだやれそうな雰囲気を残していたが、同年9月末に正式に現役引退を発表し、今度はマウンドに戻ってくることはなかった。
ペティットはヤンキース、アストロズと強豪チームのエースとして活躍していたこともあり、ポストシーズンであげた19勝は歴代1位。
通算成績やポストシーズンの活躍だけを見れば殿堂入り間違いなしの実績を残しているが、ペティットは残念ながらミッチェル報告書で名前が上がっており、本人も認めたことから師匠のクレメンス同様、殿堂入りは絶望的とみられている。
球種はカットボール、カーブ、チェンジアップ。



査定に関して
対左B
2005年は左打者に対して、被打率.198、OPS.511としっかりと押さえ込んでいた。
クイックB・牽制◯
ペティットはピックオフの達人。キャリア通算でMLB歴代1位となる102回のピックオフを決めている。個人的には、もし牽制◯の金特があれば、つけたい選手の筆頭株。
関連選手:
アストロズ3本柱
ロジャー・クレメンス
ロイ・オズワルト
コア4
デレク・ジーター
ホルへ・ポサダ(パワプロ2022Ver)
マリアーノ・リベラ