ジェシー・オロスコ

NYM(1979,1981-1987)-LAD(1988)-CLE(1989-1991)-MIL(1992-1994)-BAL(1995-1999)-STL(2000)-LAD(2001-2002)-SD(2003)-NYY(2003)-MIN(2003)
通算成績 1252登板 87勝80敗 防御率3.16 1179奪三振 144セーブ 51ホールド fWAR12.0
獲得タイトル:特になし
1983年 62登板 13勝7敗 防御率1.47 84奪三振 17セーブ fWAR2.2
MLB最多登板投手
現役生活24年。4つのディケイドにまたがり、のべ9球団でMLB歴代最多となる1252登板をこなした鉄腕リリーバー。
オロスコはマイナー時代から先発として起用されていたが、当時メッツの投手コーチを務めていたビル・モンブーケット氏曰く「4イニングを投げると球速が130キロを下回ってしまう」という致命的な問題を抱えており、リリーフに配置転換。
この配置転換が上手くはまり、オロスコは最速150キロに迫る本格派リリーフ左腕として覚醒。
オロスコはファイヤーマンとして起用され、1983年には17セーブ、防御率1.47の好成績をマーク。サイ・ヤング賞投票でも3位に輝いた。さらに翌年の84年にはリーグ3位の31セーブと球界屈指のリリーバーに成長した。
当時はクローザーの起用法が確立されておらず、1985年からは右のロジャー・マクダウェルとのダブルクローザー体制がスタート。
1986年のリーグチャンピオンシップではアストロズ相手に3勝をマークし、一つのプレーオフシリーズで3勝を挙げた唯一のリリーフ投手となった。
1987年以降は速球のスピードが衰えはじめ、クローザーとしての起用は激減。しかし、左投手に対しては相変わらず無類の強さを誇っており、1990年代に入ってからは左キラーとしてフル回転。
1999年には当時デニス・エカーズリーが保持していたMLB歴代最多登板記録を更新。オロスコは40代を超えてもマウンドに上がり続け、45歳を迎えた現役最終年も65登板をこなした。
MLBで1000登板以上をこなした投手はオロスコを含め16人。1000登板達成者は2014年のラトロイ・ホーキンス以降出ておらず、現役選手でも可能性があるのはケンリー・ジャンセン(933登板)、アロルディス・チャップマン(863登板)の2人だけ。
とはいえ、ジャンセンとチャップマンは揃って38歳とプレーできてもあと5シーズンといったところで、オロスコの最多登板記録は当分破られることはないだろう。
なお、オロスコは登板数以外のスタッツがそこまで突出していないため、殿堂入り投票では1票しか入らなかった。
球種はHスライダー、スラーブ、SFF。



査定に関して
対左B
オロスコは左打者を得意としており、キャリア通算で被打率.210、OPS.588。今回作成した1983年も被打率.170、OPS.449と左キラーぶりが光った。