ホセ・メサ

BAL(1987,1990-1992)-CLE(1992-1998)-SF(1998)-SEA(1999-2000)-PHI(2001-2003)-PIT(2004-2005)-COL(2006)-DET(2007)-PHI(2007)
通算成績 1022登板 80勝109敗 防御率4.36 1038奪三振 321セーブ 42ホールド fWAR12.7
獲得タイトル:最多セーブ1回、最優秀救援投手1回
1995年 62登板 3勝0敗 防御率1.13 58奪三振 46セーブ fWAR2.1
Joe Table
全盛期には最速159キロ、平均153キロを超える、球界トップクラスの豪速球で打者を制圧した本格派クローザー。
メサはメジャーデビューからインディアンズ時代1年目の1993年まで先発として起用され、1993年には208.2イニングとイニングイーターとして活躍。
先発時代も153キロ前後をマークしていたが、1994年に投手コーチのリーガン氏の「球速を活かすならリリーフに転向すべき」という提案でブルペンに回ると、翌年にはリーグ最多の46セーブと球界屈指のリリーバーに覚醒した。
1995年のメサは38回連続セーブ、成功率96%とまさに難攻不落の守護神で、オフには最優秀救援投手賞にも輝いた。
メサは1996年も39セーブをマークするも、同年オフに性的暴行・銃器不法所持容疑で逮捕されるというスキャンダルを起こし、名声は急落。クローザーの地位も98年には剥奪され、2000年までの3シーズン連続で防御率4.50オーバーと投球内容もイマイチだった。
メサは2000年オフにフィリーズと2年680万ドルで契約合意。当時は、「なぜ、メサにこんな大金を?」と疑問の声が絶えなかったが、2年連続40セーブ以上と完全復活。
パイレーツに加入した2004年にも43セーブをあげるなど、メサは速球派クローザーでありながら息の長い現役生活を送り、2005年には史上19人目となる通算300セーブを達成。
2007年には通算1000登板のマイルストーンに到達し、同年をもって現役から退いた。
球種はカーブ、Vスライダー、SFF。




Nishiのこぼれ話
メサはオマー・ビスケルと犬猿の仲。
その確執は、世界一に王手をかけた1997年のワールドシリーズで痛恨のセーブ失敗したことに対し、当時チームメイトであったビスケルが自伝で痛烈にののしったことに遡る。
自伝を読んだメサは激怒し、2002年6月12日のインディアンズ戦でビスケルに故意死球を与え、関係は最悪に。その後もメサは2度、ビスケルにビーンボールを当て、現在もその関係は修復されていないと言われている。