ジェイソン・イズリングハウゼン

NYM(1995-1997,1999)-OAK(1999-2001)-STL(2002-2008)-TB(2009)-NYM(2011)-LAA(2012)
通算成績 724登板 51勝55敗 防御率3.64 830奪三振 300セーブ 27ホールド fWAR11.2
獲得タイトル:最多セーブ1回
2004年 74登板 4勝2敗 防御率2.87 71奪三振 47セーブ fWAR1.7
Izzy
伝家の宝刀ナックルカーブを武器に300セーブクラブの仲間入りを果たした名クローザー。
イズリングハウゼンはルーキーイヤーの1995年に先発として9勝、防御率2.81の好成績をマーク。
当時はビル・パルシファーとポール・ウィルソンと共に“Generation K”として将来のエース候補としてメッツファンから高い期待を受けたが、3人とも相次ぐ故障で結果を残せず、イズリングハウゼンも1999年シーズン途中にアスレティックスに放出されてしまった。
アスレティックスではリリーフにコンバートされ、2000年から2シーズン連続で30セーブをマーク。2001年の時点で、アスレティックスのコアメンバーの1人にまで成長したが、オフにFAでカーディナルスに移籍。
「マネーボール」の冒頭では、ジアンビ、デイモンに加え、イズリングハウゼンの抜けた穴をどうするのかというのがフォーカスされており、そこからイズリングハウゼンの名前を知った方も多いだろう。
イズリングハウゼンはカーディナルスのクローザーとして6シーズン連続で22セーブ以上をマークとフル回転。2004年にはリーグ1位かつ当時の球団記録となる47セーブをマークしている。
レイズ時代の2009年には右肘を痛め、3度目となるトミー・ジョン手術を敢行。トミー・ジョン手術は3回目以降、復帰できる可能性がかなり下がると言われている中、イズリングハウゼンは2011年にカムバックを果たし、同年8月にはMLB史上23人目となる300セーブを達成した。
イズリングハウゼンはカーディナルスでのべ217セーブをマークし、これは球団歴代1位のセーブ数。2021年オフにはカーディナルスの球団殿堂入りを果たしている。
球種はHスライダー、カットボール、ナックルカーブ。


