ミッキー・ロリッチ

DET(1963-1975)-NYM(1976)-SD(1978-1979)
通算成績 586登板 217勝191敗 防御率3.44 2832奪三振 10セーブ fWAR64.6
獲得タイトル:最多勝利1回、最多奪三振1回
1971年 45登板 25勝14敗 防御率2.92 308奪三振 fWAR8.3
元祖カットボーラー
デトロイト・タイガースの左のエースとして
・459先発
・39完封
・2679奪三振
といった数々の球団記録を樹立した名投手。
ロリッチは150キロを超える豪速球を武器に1964年から12シーズン連続で12勝以上をマーク。さらに7シーズンで200奪三振以上とリーグ屈指のドクターKとして大活躍。
“投手の年”として知られる1968年のワールドシリーズでは3完投・3勝と驚異的な支配力を発揮し、ワールドシリーズMVPにも輝いている。
ロリッチは1971年開幕前に速球とほとんど変わらないスピードで小さく落ちる新球種カットボールを習得。同年はカットボールが冴え渡り、リーグ最多の45先発、29完投、25勝、308奪三振と防御率以外のスタッツで軒並みリーグトップの数字を記録。
また、同年はライブボール時代以降にプレーした投手としては歴代1位の376イニングを投げ、この年からロリッチは4シーズン連続で300イニングオーバーという偉業を成し遂げている。
サイ・ヤング賞投票では、最優秀防御率(1.82)のタイトルを獲得したヴァイダ・ブルーに敗れたものの、キャリアハイとなる2位にランクインしている。
ロリッチは1975年オフにタイガースからメッツへ移籍。その時点での2679奪三振はナ・リーグの左投手としては歴代1位の記録であった*1。
ロリッチは現役引退後にドーナツ店を経営。晩年はタイガースのOBとして慈善活動にも精力的に取り組んでいた。
殿堂入り投票では、当時の基準が300勝前後と非常に高かったこともあり、落選。将来的にはベテランズ枠での殿堂入りが濃厚だ。
球種はカットボール、カーブ、チェンジアップ。
カットボールは当時セイラーと呼ばれていたが、ロリッチがカッターと呼び始めたことで、こちらの名前が市民権を得ることになったと言われている。



査定に関して
154キロ
ロリッチは2003年のインタビューにて「自分はパワーピッチャーで、96マイル(154キロ)を投げていた」と発言。ロリッチの速球は当時から火の吹くような豪速球と恐れられており、実際に90マイル中盤を叩き出していたと思われる。
ナチュラルシュート
ロリッチの速球はスプリットのように沈む“シンカー”と言われていた。(今になって思えば、当時はカッターの概念がなく、このボールがカッターを指している可能性も高そう)
一発
ロリッチはキャリアを通して2度、リーグ最多本塁打を打たれており、今回作成した1971年も36被弾している。
*1:なお、この記録は2017年にCC・サバシアによって更新され、現在は2位