デーブ・スチュワート

LAD(1978,1981-1983)-TEX(1983-1986)-OAK(1986-1992)-TOR(1993-1994)-OAK(1995)
通算成績 523登板 168勝129敗 防御率3.95 1741奪三振 19セーブ fWAR27.4
獲得タイトル:最多勝利1回
1990年 36登板 22勝11敗 防御率2.56 166奪三振 fWAR4.9
Smoke
キャップを目深に被り、マウンドから打者に鋭い眼光を飛ばす威圧的なスタイルで知られたアスレティックスのエース。
高校時代はキャッチャーとしてプレーしていたが、ドジャーススカウトが150キロを超える矢のような送球に惚れ込み、投手として指名。
若手時代のスチュワートは速球のスピードこそ150キロ中盤を計測していたが、メジャーでは目立った活躍ができず、1985年オフにはNPBのジャイアンツでプレーすることも検討していた。
1986年はトライアウトを経てアスレティックスに入団。当時の投手コーチ デイブ・ダンカンから「フォークボールをもっと投げるように」とアドバイスを受けると、豪速球と鋭く落ちるフォークのコンビネーションで試合を支配する球界屈指の好投手に急成長。
スチュワートは1987年にリーグ最多の20勝をマークし、サイ・ヤング賞投票でも3位にランクイン。そこから、スチュワートは4シーズン連続でシーズン20勝、250イニング以上を達成。
1990年にはキャリアハイとなる22勝、防御率2.56、リーグ最多の11完投(4完封)、267イニングと最高のピッチングを披露。6月29日のブルージェイズ戦ではノーヒットノーランを達成と記録ずくめのシーズンだった。
また、スチュワートは1989年のワールドシリーズMVPに輝くなど、ポストシーズンにも非常に強く、キャリア通算で10勝、防御率2.84の好成績を残している。
1991年以降は、故障の影響でフォークボールの制球に苦しみ、1995年に現役を引退。
引退後はアスレティックスのフロント職や、ブルージェイズ、ブルワーズのコーチを経て、2014年にダイヤモンドバックスのGMに就任。
ダイヤモンドバックスGM時代には、ザック・グレインキーと6年総額2億650万ドルの大型契約をまとめるなど積極補強に乗り出したが、チームは相変わらず低空飛行で、2016年にGM職を解かれてしまった。
球種はスライダー、フォーク。



査定に関して
ノビB
スチュワートの速球はライジングファストと呼ばれるノビのある高回転フォーシーム。
尻上がり
1990年のイニング別防御率では7回以降が0.95と試合終盤になればなるほど出力が上がるタイプだったと思われる。
内角攻め
スチュワートは前述の威圧的な眼光に加え、厳しいインコース攻めも辞さない強気なピッチングスタイルで知られ、同時代に活躍した強打者のひとりジョー・カーターは「頭に投げられたくなかった。本当に怖い」と怯えていた。