デーブ・スミス

HOU(1980-1990)-CHC(1991-1992)
通算成績 609登板 53勝53敗 防御率2.67 548奪三振 216セーブ fWAR8.6
獲得タイトル:特になし
1987年 50登板 2勝3敗 防御率1.65 73奪三振 24セーブ fWAR2.8
本塁打厳禁
アストロズの球団2位記録となる通算199セーブをマークした軟投派クローザー。
スミスは速球のスピードはせいぜい140キロ台前半と当時としてもかなり遅い部類であったが、スプリットのように落ちるチェンジアップで打者を翻弄。
また、当時のアストロズの本拠地アストロドームはリーグ屈指の投手有利の球場であり、グラウンドボールピッチャーのスミスとは相性抜群。アストロズでプレーした11年間で打たれたホームランはわずか28本、被本塁打率も0.33と驚異的な成績を残している。
スミスはルーキーイヤーの1980年に57登板、防御率1.93、10セーブとリリーフエースとして大活躍。しばらくはセットアッパーとしての起用が中心だったが、1985年にクローザーの地位を確立し、27セーブをマーク。
そこからスミスは6シーズン連続で20セーブ以上を記録。MLBにおけるラビットボール時代の1987年には、多くの投手が成績を落とす中、キャリアハイとなる防御率1.65を記録。さらに同年は60イニングを投げ被本塁打はゼロという快挙も成し遂げた。
また、2025年にジョシュ・ヘイダーがアストロズの球団記録となる開幕から24連続セーブを達成したが、その前の記録保持者はスミスであり、1989年に開幕から21連続セーブを記録している。
スミスはカブス加入後に肘を痛め、1992年に現役を引退。引退後はパドレスのコーチとして活躍していたが、2001年に深刻なアルコール依存症に苦しみ、リハビリプログラムにも参加。こうした不摂生の影響か、2008年に53歳の若さでこの世を去った。
球種はツーシーム、スライダー、カーブ、スプリットチェンジ。


