ホセ・クルーズ

HOU(1970-1974)-HOU(1975-1987)-NYY(1988)
通算成績 2353試合 .284 2251安打 165本塁打 1077打点 317盗塁 fWAR50.8
獲得タイトル:シルバースラッガー賞2回
1983年 160試合 .318 189安打 14本塁打 92打点 30盗塁 fWAR5.8
Cheo Cruz
1970年代から80年代にかけて、アストロズのレフトのレギュラーを守り続けた巧打者。
クルーズがプレーしていた当時のアストロズの本拠地、アストロドームは極端にホームランが出にくい「打者の墓場」。そんな逆風が吹き荒れる中、クルーズは引っ張ってホームランを狙うのではなく、レフト方向にライナーを打ち返すラインドライブヒッターにモデルチェンジ。
このバッティングスタイル変更が功を奏し、クルーズは球界屈指のヒットメイカーとして毎年コンスタントに3割近いアベレージを記録。
特に35歳で迎えた1983年にはリーグ最多の189安打を放ち、キャリアハイとなる打率.318のハイアベレージをマーク。また、走塁面でも30盗塁、8本のスリーベースと俊足をしっかり活かしたプレーが光った。
クルーズはオフにチームメイトのディッキー・ソンと共にアストロズの選手としては史上初となるシルバースラッガー賞のタイトルを獲得した。
クルーズは現役引退時点で、アストロズの選手としては歴代1位の1937安打を記録。こちらの記録は現在でも球団歴代4位のヒット数となっている。
また、広大なアストロドームの地の利を活かしたバッティングで、通算80本のスリーベースヒットを記録。こちらは現在も破られることがない不滅のレコードとなっている。
クルーズはアストロズのレジェンド的存在であり、1992年には背番号25が永久欠番に指定され、球団の殿堂入りも果たしている。




査定に関して
サヨナラ男
アストロズ時代にサヨナラ本塁打を6本記録。これは現在も球団記録となっている。
Nishiのこぼれ話
ホセ・クルーズは3人兄弟の長男で、弟のエクター、トミーもメジャーリーガー。なお、エクターは巨人、トミーは日本ハムでプレーしており、トミーは1984年に打率.348、29本塁打とMVP級の成績を残し、ベストナインにも輝いている。
また、息子のホセ・クルーズJr.も強肩強打のスイッチヒッターとして大活躍。ブルージェイズ時代の2000年から2シーズン連続で30本塁打以上をマークしている。