NishiのパワプロMLB査定ブログ

パワプロ2024で作ったMLB選手を公開していきます。

パワプロ2026 カート・シリング 2002年 パワナンバー

カート・シリング

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BAL(1988-1990)-HOU(1991)-PHI(1992-2000)-ARI(2000-2003)-BOS(2004-2007)

 

通算成績 569登板 216勝146敗 防御率3.46 3116奪三振 22セーブ fWAR79.8

獲得タイトル:最多勝利2回、最多奪三振2回、ロベルト・クレメンテ賞1回

 

2002年 36登板 23勝7敗 防御率3.23 316奪三振 fWAR9.3

 

Schill

150キロ中盤の速球でねじ伏せるパワーピッチングと精密機械と謳われたハイレベルのコントロールを両立させた好投手。

 

シリングは若手時代に“パーティ・アニマル”と呼ばれてしまうほど乱雑なピッチャーだったが、フィリーズ時代に打者の弱点をメモにまとめ、試合中も独自の守備シフトを敷かせる“頭脳派”にモデルチェンジ。これにより成績も一気に向上し、1997年から2シーズン連続で300奪三振を記録。

 

シリングのキャリアの絶頂期はダイヤモンドバックス時代。ランディ・ジョンソンと左右のダブルエースとして君臨し、2001年にはリーグトップの22勝、リーグ2位の293奪三振を記録。

 

ポストシーズンでも無類の強さを誇り、特にワールドシリーズでは中2日の強行出場も含む3先発で防御率1.69と圧巻のピッチング。ダイヤモンドバックスを創設4年目で世界一に導いた功績を讃えられ、ランディ・ジョンソンと共にワールドシリーズMVPに輝いた。

 

続く2002年はキャリアハイかつランディ・ジョンソンに次ぐリーグ2位の23勝をマーク。奪三振数も自身3度目の300の大台に乗ったが、こちらもジョンソン(334奪三振)には及ばず、サイ・ヤング賞投票でも2年連続でジョンソンに次ぐ2位という結果に終わった。

 

なお、この年のfWARはジョンソンを上回る9.3をマークしており、WHIPはリーグ最高の0.97と防御率以上に投球内容は良かったと評価されている。

 

シリングはレッドソックス時代も世界一請負人として活躍。2004年にはリーグ最多の21勝、ポストシーズンでも3勝をマークし、レッドソックスを「バンビーノの呪い」から解き放った。

 

シリングはMLB史上20人しかいない3000奪三振クラブのメンバー。シリングはキャリア通算で3116奪三振を記録したが、そこまでに許したフォアボールはわずか711個。K/BBは4.38で、これはMLBで1000奪三振以上を記録した投手の中では歴代1位の記録となっている。

 

また、ポストシーズンでも通算11勝2敗、勝率.846、負けたら終わりの試合*1では防御率1.37と「負けるという選択肢はない」という名言*2でお馴染みの山本由伸クラスの勝負強さを誇った。

 

このようにシリングは傑出した成績を薬物に一切頼らず樹立したにも関わらず、殿堂入りを逃している。得票が伸び悩んだ背景には、シリングが熱烈な共和党支持者で、政治的発言が目立ち過ぎたことや、ナチスドイツ関連のアイテムを収集しているという海外ではかなりタブーな趣味が発覚したことが挙げられている。

 

球種はスライダー、ドロップカーブ、SFF、チェンジアップ。

 

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査定に関して

対ピンチF

2002年は得点圏被打率.260、OPS.773とピンチの場面に弱く、これが原因でWHIPの割に防御率が高くなってしまった。

 

コントロールA・ストライク先行

2002年も与四球率1.15と制球力はピカイチ。

シリングは5月13日から6月8日までに56奪三振を一つのフォアボールも許さずに記録。これは当時のMLB記録となっている。

 

配分

シリングは常に150キロ台のフォーシームを全力投球していたわけではなく、状況に応じて140キロ台のボールを織り交ぜていた。

この省エネスタイルのおかげでシリングはキャリアで2度のリーグ最多投球回を記録している。

 

一発

シリングは被本塁打がやや多く、2001年にはリーグ最多の37本、2002年も29本のホームランを打たれている。

 

Nishiのこぼれ話

シリングは大のゲーム好きでも知られ、2006年にはゲーム会社を設立。引退後はMMO RPGの開発に乗り出したが資金繰りに苦労し、2012年には経営破綻してしまった。

 

関連選手:ダブルエース

nishi-pawamlb.com

*1:5試合あったと言われている

*2:実際は言っていない

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