ロジャー・クレメンス

BOS(1984-1996)-TOR(1997-1998)-NYY(1999-2003)-TOR(2004-2006)-NYY(2007)
通算成績 709登板 354勝184敗 防御率3.12 4672奪三振 fWAR133.7
獲得タイトル:MVP1回、サイ・ヤング賞7回、最多勝利4回、最優秀防御率7回、最多奪三振5回
1990年 31先発 21勝6敗 防御率1.93 209奪三振 fWAR8.2
Rocket
「MLB歴代最強投手は誰?」という論争で必ず名前があがるパワーピッチャー。
クレメンスを最強投手たらしめたのは、なんといってもMLB史上最多となる7回のサイ・ヤング賞に輝いたこと。さらに特筆すべきは、4つの異なる球団*1で、それも3つのディケイドに跨って受賞した点にあり、これほど長くマウンドを支配し続けたのはクレメンスだけである。
通算のrWAR139.2は全投手中2位*2、全選手に広げても8位の大記録となっている。
また、クレメンスは自分の息子をすべて“K”から始まる名前にするなど、三振には並々ならぬこだわりをもっており、キャリア通算でMLB歴代3位となる4672奪三振をマークしている。また、MLBタイ記録となる1試合20奪三振を2度も記録している。
今回作成した1990年はレッドソックス時代におけるクレメンスの全盛期。この年のクレメンスはキャリア初となる防御率1点台(1.93)をマークし、防御率ベースのrWARではレッドソックス時代最高となる10.4を記録。
サイ・ヤング賞に輝いて然るべき圧倒的な投球内容であったが、当時は勝利数を重視しており、27勝をマークしたボブ・ウェルチに敗れ、2位に終わってしまった。なお、ウェルチはrWAR2.9と勝利数以外の内容はそれほど突出しておらず、現在であればクレメンスがサイ・ヤング賞の栄冠を手にしていたことは間違いない。
クレメンスは1990年から3シーズン連続で最優秀防御率に輝き、FAイヤーの1996年もリーグ最多の257奪三振と実力は健在だったが、当時のGMダン・デュケット氏は「もう全盛期は過ぎている」と冷遇。デュケットGMは4年1000万ドルと事実上のお断り価格しか提示せず、クレメンスは4年総額4000万ドルのオファーを提示したブルージェイズに移籍した。
クレメンスは1996年から2年連続で投手三冠を達成。1996年にはキャリアハイかつライブボール時代以降では歴代2位のrWAR11.9を記録するなどキャリアの頂点を迎え、クレメンスをボストンから追い出したデュケットGMは相当に叩かれた。
2000年代に入ってからもヤンキース、アストロズでサイ・ヤング賞に輝き、現役最終年の2007年にはMLB史上8人目となる350勝のマイルストーンに到達。
ここまでの実績からすれば、満票で殿堂入りを果たしてもおかしくはないキャリアだったが、2007年12月に公表された「ミッチェルレポート」でステロイドの使用が発覚。本人は裁判で使用を明確に否定したものの、状況証拠的に“ほぼクロ”であり、殿堂入り投票では最後まで得票が伸びず、2022年をもって殿堂入り選出資格を喪失した。
クレメンスの殿堂入りの可否に関しては、トランプ大統領が「クレメンスは殿堂入りすべき」と圧力をかけたが、2025年に行われたベテランズ枠でも5票未満に終わり、次の殿堂入り候補者になるのは早くて2031年と言われている。
球種はツーシーム、Hスライダー、カーブ、SFF。



査定に関して
157キロ
「クレメンス=160キロ」というイメージが強いが、160キロをマークしたのはドーピングに手を染めたブルージェイズ時代に入ってから。
レッドソックス時代の最速は157キロと言われている。