NishiのパワプロMLB査定ブログ

パワプロ2024で作ったMLB選手を公開していきます。

パワプロ2026 ジェシー・バーフィールド 1986年 パワナンバー

ジェシー・バーフィールド

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TOR(1981-1989)-NYY(1989-1992)-巨人(1993)

 

通算成績 1428試合 .256 1219安打 241本塁打 716打点 66盗塁 fWAR39.0

獲得タイトル:本塁打王1回、シルバースラッガー賞1回、ゴールドグラブ賞2回

 

1986年 158試合 .289 170安打 40本塁打 108打点 8盗塁 fWAR7.5

 

キャノンアーム

ジョージ・ベル、ロイド・モスビーらと共にトロント・ブルージェイズの黄金時代を支えた強打のライト。

 

バーフィールドの最大の武器はMLB屈指のキャノンアーム。ライトからのレーザービームでランナーを刺しまくり、キャリアを通して6度のリーグ最多捕殺を記録。当時の守備指標トータルゾーンでも通算プラス148とトップクラスの数値を叩き出し、ゴールドグラブ賞にも2度輝いている。

 

外野守備はマイナー時代からずば抜けていた一方で、バッティングには粗さが目立ち、メジャーデビューから4年間はプラトーン起用が中心の準レギュラー的位置付け。1984年に110試合、388打席で27本塁打とパワーを発揮したことで、翌年からようやくフルタイムのレギュラーに定着した。

 

パワーヒッターとして開花したバーフィールドは1986年にリーグ最多の40本塁打と大ブレイク。オールスター初出場に加え、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞のダブル受賞とタイトルを総なめにした。また、同年はrWAR、fWAR共に7.5オーバーとMVPクラスの数値を叩き出している。

 

1987年にはブルージェイズの打者としては最高額となる152万ドルを受け取るまでの存在にのぼり詰めたが、この頃から手首の故障に悩まされ、コルチゾン注射を何本も打たなければならなかったと言われている。

 

バーフィールドは1989年シーズン途中にアル・ライターとのトレードでヤンキースに移籍。ヤンキースでもキャノンアームは健在だったが、1991年には左足の疲労骨折、92年にはサウナで転倒し、左手首を脱臼。8月には大手術を敢行するも現役復帰は難しいと宣告されてしまった。

 

バーフィールドはおそらくリハビリを兼ねる形で1992年12月に読売巨人ジャイアンツに電撃加入。巨人では案の定、手首の故障に悩まされ、打率.215、26本塁打、127三振と精彩を欠き、シーズン終了と同時に解雇されてしまった。

 

バーフィールドの息子、ジョシュ・バーフィールドもメジャーリーガー。ジョシュはルーキーイヤーの2006年に打率.280、13本塁打の好成績を残すも、翌年以降は攻略され、2010年以降はマイナー暮らしが続いてしまった。

 

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査定に関して

広角打法

巨人時代のバーフィールドはプルヒッターという評価だが、ブルージェイズ時代のバーフィールドは逆方向に強い打球を打てるスプレーヒッター。

バーフィールド曰く、1983年にシト・ガストン打撃コーチのレクチャーで「引っ張り中心のバッターからあらゆる方向にボールを打ち分けられるバッターに変わった」とのこと。

 

ダメ押し

勝ち越している場面では打率.338、OPS1.072

 

対ストレート◯

巨人時代は変化球中心の配球に苦戦という記載が多く、MLBではフォーシーム系を得意としていたと考えられる。

 

マルチ弾

1986年は5度のマルチ弾を記録。

 

三振

バーフィールドは1985年から3シーズン連続で140三振以上を喫しており、基本的にブンブン振り回すスタイルだった模様。

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